こんにちは。
4歳の息子とワイワイやってる「とまと」と申します。
懇談が終わりました!
もくじ
懇談が終わる
年中2度目の懇談が終わりました。
色々記録しておこうと思います。
探究心のかたまり
息子のいいところは前期と変わらず、探究心が旺盛で、自分のやりたいことに一直線なところ。
「たぶん将来は学者さんかなにかになるんだろうねって、ほかの先生とよく話しているんです」というのは今回も変わらずだそうです。
たとえば砂場遊びであれば、ひたすら砂を盛ることに没頭する。
「ほかのお友達は型抜きやお花を乗せたりして遊んでいるよ、息子くんもどう?」
と担任の先生が声をかけても、
「息子はこれやるからいいんだヨ」
と全くブレないのだそうです。
わあ、目に浮かぶ〜!
他人の顔色を見て状況判断する力が弱い?
そして一方で、今回はこんな話が出ました。
「他人の顔色を見て状況判断する力が弱い。たとえば、笑いながらお友達をたたいたりする。お友達が泣いてしまっても、やめない。なんでたたくの?と聞いたら、息子がやりたかったから、と言う」
似たようなことは年中になってから家でも頻発していました。
ただ、私は「他人の顔色を見て状況判断する力が弱い」という結論は下していなかったな。
笑いながらたたいたのは、たぶんほんとに楽しくて、やったのだと思う。
力加減がわかっていない、これをしたら相手はどう思うか?の予測ができていないがゆえに起きたことかと。
例えば家でも、楽しい!ぎゅってしたい!の気持ちそのままに突進してきて、私や夫の腕や足を意図せず踏んづけてしまうことがあります。
「痛い、どうしてそんなことしたの?」
と聞くと、息子は決まって
「息子がそうしたかったからだよ」
と言う。
でも、しょんぼりして言うんですよね。
もしくは、悪いことをしたという自分を認めたくなくて、引っ込みがつかなくなって、
「やりたかったからやったの!!なんでだめなの!!!!」
と感情を爆発させたりして言う。
この様子を見て、私は、
「ああ、自分が予想したものと違う結果が返ってきたとき、どうしていいかわからないんだな。そして、"息子がやりたかったからやった"以外の返答をまだ息子は選択肢として持っていないんだな」
と受け取っていました。
私や夫が痛がる様子を見て、「そんなことになるとは思わなかった」と泣き出し、抱きつきに来ることもよくあったので。
相手が泣いているのにやめない、は、「ピアノの習い事中に音を出してはいけないと何度言っても、ムキになってなんとかして大きな音を出そうと躍起になる」場面に似ていると思う。
これも4歳の壁に通ずるところかもしれないけど、「やってはいけない」と頭ではわかっていても、「体がどうしてもそれをやろうとする」状況なのだと思う。
ピアノの習い事ではここ2ヶ月くらいそんな様子が見られて、そのたび私はエレクトーンの電源を落としているんだけど、落とされると、電源をつけてまで音を出そうとはしないんですよね。
むしろ、なんというか、そこで、ゆっくりとトーンダウンしていく様子が見られる。
ほんとは、自分でもやめたいし、私に止めてほしいんだろうな、と思います。
だけど引っ込みがつかなくて、自分ではやめられない。
どうしてそこでそんな誤作動が生まれるのかはわからない。
集団での関わりの中で、これまで見えてこなかったものが見えるようになり、色々と不安な気持ちでいっぱいになっているのかもしれない。
だけどそれで周りのお友達に迷惑をかけたり、痛い思いをさせてしまうのは違うので、違う感情の発露方法を学んでほしいなと思います。
まずは、「息子がやりたかったからやったんだよ」という返しから変えていくことかな。
これでは相手の感情を逆撫でするだけだし、息子の本心とは違うように受け取られてしまう。
「楽しいかなと思ってやったんだ。悲しくさせるつもりはなかった。ごめんね。もうしないよ」
うーん、4歳には高いハードルだなあ…でも、少しずつかなあ。
お友達と遊ぶことはこれまで何度もあったけど、私が見ている場面では、お友達をたたくってことは正直見たことがないんですよね。
なんでだろう、いいように捉えれば、私といるときは、色々と安心しているのかな。
何かあっても絶対に守ってくれるという安心感があるのだろうか。
幼稚園っていう環境で、1人で、どうしていいかわからなくなると、そういう行動をとってしまうのかな。
ということで、この件に関する私の結論は、
「予想に反する結果が返ってきたときの対応法がわかっておらず混乱している。こんな選択肢もあるよ、と大人が提示してあげることで、トラブルは減っていくのでは」
というところです。
「ごめんね」を言う練習はずーーーーーーーーーーーーっとしてきました。
そして、今、それが少しずつ花開いて来てる。
大丈夫、息子はきっとまたみんなと仲良く遊べるようになる。
一緒に少しずつ練習していこうね。
命を大切にする、他人を慈しむ心が弱い?
「虫を捕まえるときは、強い力でぎゅっと持ってしまって、虫を潰してしまう。お水の中からお魚をすくって手のひらに乗せたときは、弱っていく様子をただじっと見つめている。生き物を慈しむ心って、本来人間誰しも持ってるものじゃないですか…息子くんはそれが薄いような気がします。お母さんは普段おうちでどんな関わりをされていますか?虫取りとかされますか?」
「虫取り、してます。虫取り網でトンボを追いかけたり、バッタを捕まえたり。川に入ってヤゴを捕まえたりなんかもしましたね」と返すと、担任の先生は「そ、そうですか…」とびっくりされていました。
なんでやってないって決めつけてるんだ。笑
ただ、どんくさいので、チョウやトンボに関しては満面の笑みで追っかけるにとどまってしまうんですけどね。
ここに関しては完全に、先生と捉え方が違うなーと思いました。
めんどくさいので何も言わなかったですけど。
虫に関しては、さっき書いた話と同じで、力加減がわかってないのだと思います。
幼稚園の行き帰りにアリやバッタを捕まえて、力加減を誤って弱らせたり死なせてしまうことは何度もありました。
そういうとき子どもにどんな声かけをしているかと言われれば、それは、
「動かなくなっちゃったね、死んじゃったんだね。どうしたらよかったんだろう」
と問いかける、ですかね。
「息子がギュッて持っちゃったからかなあ」
「そうだね、次はもっと優しく持ってあげようか」
「わかった」
息子も、別に、虫を殺したいわけではないんですよ。
動かなくなった虫を見て、「なんで…?」な顔をしてますし。
ただただ、力加減がわかっていない。
でもこれは、経験を経てでないと、習得できないものだと思う。
実際、何度も繰り返す中で、虫の掴み方はかなり上手くなってきました。
幼児さんってみんなそうなんじゃないかなと思います。
最初から力加減がわかる人はエスパーかなにかでしょ。
そういうやりとりを経て、命とは何かとか、失ってしまうと2度と戻らないものの存在なんかを学んでいくのだと思います。
そんで魚に関しては、これはもう完全に「観察している」の一言に尽きると思う。
先生からしたら、弱っていく様子をただじっと見つめているのはもう犯罪者予備軍のように感じられてしまったのかもしれないけど笑、猟奇的殺人鬼の思考と同じで…みたいな話ではなくて、ほんとシンプルに「観察していた」んだと思う。
なんでこうなるんだろう、って。
これに関しては私自身ものすごく引っかかりを感じて、「いや、見たことないものを見つけてじっと観察することってそんなに悪いことか?やわらかーく犯罪者予備軍みたいな感じで言われたけども、幼児さんあるあるなんでは?むしろ身の回りの出来事に興味関心を抱いていて、逆にいいところなのでは?」とモヤモヤしながら軽く検索してみたら、
「幼児さんはむしろ、走り回るゴキブリを必死になって叩いたり、蚊をものすごい勢いで叩き落とす大人に違和感を覚えているかもしれませんね」
みたいな記述を見かけて、ほんとそのとおりだなと笑っちゃいました。
たとえば息子がトンボのはねをもいでいたとしても、今のところそういう場面に出くわしたことはないけども、一概に「命をもてあそんでいる」とは言い切れないのではないかと思います。
これはどういう仕組みなのか?どうなっているのか?
それを知るために、はねをもぐ幼児さんもいるんじゃなかろうか。
それを、命を大切にしないといけないという一面からの見方だけで、否定していいものなのだろうか。
「幼稚園の帰り道、虫を強く持ちすぎて潰してしまったことがありました。そのとき、息子がお墓を作ろうと言い出して。家でそんなことは言ったことがなかったので、びっくりしました」
「いや、お墓を作ることを幼稚園ですすめたことはありません。誰かお友達がやっていたことを見たのだと思います。お墓を作ればそれでいい、なんて短絡的に考えてほしくないです。命を大切にするよう指導しています」
この話を聞いて、先生とは根本の考え方が違いすぎるなと思って、口を紡ぎました。笑
お墓を作る、私はいいと思うけどなあ。
死者を弔う文化を学んでるってことだから。
私は息子を産んでから、
「道具を使い始めた!いよいよお猿からアウストラロピテクスまで進化したか!!!」
「直立二足歩行!!!頭が大きくなっていくよォー!!!」
なんてふざけてよくブログに書いてましたけども、
埋葬文化なんて、ネアンデルタール人でしょ?
めっちゃ進化してますやん。
めっちゃ育ってますやん。
命というものを認識して、それを失ったとき、それでハイ終わり、ではなくて、その先を意識する。
いいことだと思うけどなあ。
私は短絡的とは思わない。
全ての学びは模倣から始まるんだから。
まねる、が転じて、まなぶ、になったんでしょ?
いいことじゃないか。
最初はなんだかよくわかっていなくても、大人やお友達の真似をしていく中で、その意味に少しずつ気づいていくんじゃないかな。
幼児さんなんてその時期ど真ん中。
少しずつ学んでいけばいいのでは。
私から見た、年中息子
息子の圧倒的長所は、「安定感」だと思います。
たとえば、今朝。
バタバタと準備して、「急げ急げー!」と何度もせかされて、追われるように準備してやっと家を出られるぞーとなったときに「あっお母さんアレ忘れてた!ごめん待ってて!」と最後の最後で待たされても、なーんも不平不満をこぼしません。
その先が見えていないから、幼稚園に遅れるかも、なんて考えていないから…そうとも取れるけど、私はこの息子の圧倒的安定感と器の大きさに、都度都度圧倒され、そのたび尊敬の念を抱かずにはいられないのです。
「お母さん、ごめんね。息子にいっぱい急いでって言ったのに、最後の最後でお母さんが待たせちゃった。ほんとにごめんね」
「えへへ〜!いいんだよ〜!!!」
その笑顔に、何度癒され、何度、「私もこういう人間になりたい…!」と思ったことか(4歳に憧れるアラサー)
寝る前に、
「今日も楽しかったね、ほら、今日はこんな楽しいことがあった」
と振り返るのは、もう覚えていないけど、ずっとやってます。
日々の小さな「楽しかったこと」を掬い上げて、今日も楽しかったなー!明日もきっと楽しくなるなー!と明るい気持ちいっぱいになって、眠りについてほしいなと思って。
小さな幸せを噛み締めて大切にすることができれば、その人生はきっと楽しいでいっぱいな人生になると思う。
もちろん嫌なことも人生にはあるんだけど、でもそればかり拾い上げて反芻していたら、暗い気持ちでいっぱいになってしまって、いいことないから。
あ、30歳前までの私のことです。笑
で、そうこうしてたら、最近、息子から話してくれるようになりました。
「お母さん、今日もとびきり楽しい1日だったね!!!…ええーっと、今日は、何があったっけ?」
楽しいが定形句になってしまって、何が楽しかったのか定かでないのに口をついて出るようになってしまっている。笑
いいぞ、その調子だ息子!!!
いつもニコニコ。
お迎えに行くとやっぱりニコニコ。
寝る前だってニコニコ。
やっぱり当分、2人でニコニコいられることを第一目標として、動いていきたいと思います。
「息子はねえ!?お母さんのことが、だいだいだいだい…だーいすき、なんだよっ??このおうちくらい、いーっぱい、大好きなの!!」
「そうなんだ〜嬉しい〜!息子は、お母さんのどんなところが好きなのー?」
「おもしろいところだヨ!!」
昨日、お風呂で湯船に浸かりながら、
「肩、入る。…首、入る。…あご、入る。
…………あご、出る」
とか言いながら体をお湯に入れたり出したりしてたら、
「ブフー!!!!!お母さん、面白すぎるヨー!!!ブフー!!!!!」
って大笑いされました。
伝わる人がどれくらいいるかわからないけど、BLEACH3巻くらいまでの織姫みたいな勢いで笑われてます。
たぶんこの笑顔を守っていくことが私の役目なんだろうなあ。
親のいない世界でも、自信を持って行動できるよう、それこそよく聞く言葉ではあるけど、「安全基地」として機能することが私の務めなのだろう。
今の息子、めっちゃくちゃ幸せそうです。
このまま幸せ全開で人生突き進んでいくことはきっと難しいんだろうけど、基地に帰ってきたときくらい、幸せ全開でいさせてあげられるよう、関わっていけたらなと思ってます。
ニッコニコ、フォーエバー!!!

私の内心ブチギレランキング2024
※注意※
心穏やかな記録はここまでです。
あたたかくほっこりした読後感を維持したい方は、このままページを閉じてください。
ブチギレランキング!?なにそれ楽しそう!な方は、そのままお読みください。
私はこれまでの人生で「怒らなさそう」「怒るところがイメージできない」と何度か言われたことがあるのですが、今年の担任の先生には何度内心キレたかわかりません。
せっかくなので、内心ブチギレランキングを書いておこうと思います。
5位
朝、下駄箱に私たち親子と先生しかいないのに、話しかけても返事をしない。
聞こえていないのか?と思い、息子の前日の体調に関する話題含む3つを振ってみたがどれにも返事はおろか、頷きすらしない。
2024年、私は新しい事実に気づきました。
私、返事しない人キライ。
4位
先生が質問してきたからそれに答えたのに、それに対してなんの反応もない。
いやー、これには度肝を抜かれましたね。
そっち発信の会話でも、途中で叩き切るんかい!?と思いました。
答えた内容に対するリアクションとか、続きの話とか、もっと言うと答えてもらったことに対する感謝の気持ちとか、そういうのかけらもないんかい。
初めて出会った人種です。
3位
1学期の保育参観にて、教室に入る一番手だったため扉の前で「どこに立ったらいいですか?」とジェスチャーであっちこっち指差してみるも、完全無視。
目はあってるのに完全無視。
参観中保護者は静かにしててください、とお便りに書いてあったしまあいっか、と気を取り直して邪魔にならなさそうな隅っこに立っていると、開始10分くらいで先生が荷車のようなものを押して来て、保護者の少し手前で静止、そしてしばしの沈黙。
不思議に思っていると、「あのおー、いつもこれ、そこに置いてるんですよねえ。どいていただけますう?」と。
ここで私の戦いのゴングが鳴り響いた。
いやせめて、「すみません」だろ!?!?
私、確認したよね!?どこにいたらいいか、聞いたよね!?!?
それに答えてもらえなかったから、自分なりに考えて角の隅っこに立っていたのに、気の利かない邪魔扱いするって何!?!?
なんだこの教師!!!!!
なんだこの教師!!!!!
2位
1学期末の懇談前に配られた「何か相談したいことはありますか?」のアンケートに、
「実はお友達のお母さんから、息子くんは〇〇くんにいつも頭を叩かれていて、先生に相談に行ってるらしいよという話を聞きました。子ども発信の話ですし、ましてや又聞きなので、事実かどうかは怪しい話だとは思うのですが、息子から何か相談されたことはありますか?」と書いたら、迅速に動いて他の先生方にすぐ聞き取りをしてくださったそうで、「私自身聞いたことはないですし、他の教師もないと言っています。そういう事実はありません。もしまた何か気になることがあれば、お母さん方の間で話を大きくするのではなくて、すぐに聞いてください」と。最後の言い回しは少し引っ掛かりはしたものの、ありがたいなと感じた。
そして2学期のある日、クラスメイトのお兄ちゃんから「弟は息子くんにいじめられている。叩かれて泣いていた。かわいそうだ」という話を聞く。
まずは事実確認だなと思って担任の先生に聞きに行ったら、「お母さん!!そんなことにいちいち惑わされないでください!子供の言うことですから!そんなことはありません!」と即答された。
2024年、私は新しい事実に気がつく。
私、「いちいち」って言葉、キライ。
あと、事実確認しただけで憤慨する人って、いるんだ。
話を大きくする前に聞けって言ったの誰だ。
私が担任に何か物事を尋ねたのって、この1〜2学期でたった2回なんだけど。
さーて、2〜5位までが積もりに積もった状態で、12月に起こった映えある1位は〜?
1位
「懇談に園児を連れて来られる場合は、事前に担任までお申し出ください」とプリントに書いてあったので、登園時に「懇談に息子も連れて行きます、よろしくお願いします」と言ったら、「ああ、そういうのは紙に書いて渡してください。ほら、覚えきれないでしょ?明日出してくださいね」と言われた。
ええー、もう、すごーい。
すごい、自分の不出来を人に押しつけてる、すごい。
もうなんなら、「気の利かない親だな」って態度。
名簿、用意しておけばいいんじゃないの?
去年の先生、普通にエプロンにメモ帳入れてメモってたよ。
園長先生が書いたプリントには、紙に書いて出せなんて書いてなかったよ。
自分が勝手に決めたルールなのに、この態度。
すご。
なにがすごいって、自分のクラスだけのマイルールを作って、それを事前に周知もせず、期待通りの行動をしない親を嗤い、不要な手間を押し付けている。
ええー、やばすぎる。
これで子どもに不具合出てたら即刻乗り込んだんですけど、幸いにも息子は毎日楽しく通ってたので。
夫に「あいつまじで腹立つ」というラインを送りつけて、心を落ち着かせたのでした。
やっぱ思うんですけど、先生って呼ばれる仕事は、本人が相当気を張って気をつけていないとすぐ横柄になってしまうな、と。
子どもを人質にとられているようなものだから、基本、悪い態度はとれないし、いいように言いますからね。
私だって言いましたよ。
「息子はいつも楽しく通ってます、先生のおかげです、ありがとうございます!」って。
先生のおかげかどうかは知らんが、楽しく通ってるのは事実だし。
私は話すたびに神経逆撫でされてたけど。
「打率9割ってやばない?早くメジャーに挑戦したらいいと思うわ」って夫に愚痴ってたけど。
いやーーー、こわい、こわい。
自分もいつかそうなってしまうのでは、と怖くなる。
塾で相談会をすると、
「先生は話をよく聞いてくれますね」
という声をたびたびいただくんだけど、子どものことを本気で考えていたら保護者との協力は必要不可欠だから、まず保護者の方針を確認するのは当たり前に必要なことだと思う。
横柄にならないためには、どうしたらいいのだろう。
こんな失礼な人間には絶対になりたくないぞ。
やはり、「自分の考えが絶対で正しい」と思わないようにすることだろうか。
でも、きっとその認識すらないままに、無自覚に、横柄モンスターは出来上がっていくのだろう。
こわい、こわすぎる。
相手の話をしっかり聞いて、自分の意見はしょせんひとつの考え方にすぎないということを常に忘れず、向き合うことかな。
ああー、こわすぎる。
いやだー!
おわりに
保護者の方の中でも、元教師の保護者さんはめっちゃくちゃに怒ってました。
それこそ、なんだあの態度は!!!って、めちゃめちゃに憤慨されてました。
教師やってるがゆえに目についてしまうポイント、というのがあるのかもしれない。
ただ、ブチギレランキングに悪いところを書き連ねはしたものの、集団を操作する腕前は一級品です。
普段、小さな子ども集団を思いのままに操っているがゆえに、思い通りにならなかったときは我慢ならなくなってしまうのだろうか?
集団の管理が上手いという点では私と似通う点があるだけに、なぜに保護者に対してあんなにオンオフ激しい対応をするのか、ほんとに謎。
ある朝私の体調がものすごく悪くて、すっぴんメガネにマスクという誰がどう見ても「あの人めっちゃ体調悪いやん!」な姿で現れた日、「水筒忘れてますよね、明日は持ってきてください」しか言い放たなかったのに、次の日私の体調理由で休んで翌々日登園したら、「おかあさーん!体調不良は大丈夫でしたかあ!?しんどいときは、無理しないでくださいねえ!?」ってめっちゃぐいぐい来たこともあった。
なんなの、その不安定すぎる感じは、ほんとなんなの。
怖いんですけど。
そんで1学期の懇談はカモフラージュのために女性で4コマ書きましたけど、実は男性の先生という。
ホルモンの激しい変化で…ってこともないだろうし、もはや謎通り越して不気味。
ああ、頼む、頼むよ神様!!!!
来年は絶対担任変えてください、お願いします!!!!!